バスケットボール研究
ゾーンアタックのツボ(ノーマル編)
茨城大学 加藤敏弘
(2001年5月21日執筆)
ゾーンアタックというのは、相手がゾーンディフェンスをしている時の攻撃のことです。ゾーンディフェンスをされると、マンツーマンディフェンスとは異なり、全員がボール保持者の方に向かって構えてくるので、一見するとちょっと攻めにくい感じがします。実際、ゲームの流れを変えようというときや、相手のベンチ(コーチ)やポイントガードを惑わそうという目的の時に、ゾーンディフェンスは思わぬ効果を発揮することがあります。
このようなことから、たいていのチームは相手がゾーンを敷いてきても迷うことがないように、その攻撃の仕方をあらかじめ決めておきます。もちろん、ゾーンディフェンスにも様々な方法がありますので、当然いくつかの攻撃のパターンを練習することになります。それぞれチームのメンバー構成やコーチの考え方によって、いろいろなパターンが考案されていますが、ここでは、どんなレベルのどんな場合でも、ここだけは押さえておきたいという共通のツボについてご説明いたします。ただし、この場合のゾーンディフェンスはいわゆるノーマルなものの場合です。フルコートのゾーンプレスディフェンスやマッチアップ気味のゾーンディフェンスなどの場合は、もうひと工夫必要なので、一応今回の説明からは除外しておきましょう。
さて、まずノーマルなゾーンディフェンスとその攻撃法ついて、確認をしておきます。ゾーンディフェンスは、その隊形によって1−2−2,1−3−1,2−3,2−1−2,3−2などと呼ばれます。いずれの場合もボール保持者に対して2層から3層の壁を準備することによって、相手の攻撃に対して厚みをもって対処します。ですから、ボール保持者は自分の近くのディフェンスをかわしても、次のディフェンスに阻まれてしまうのです。そこで一般的には、インサイドに2人のポストマンを配置し、アウトサイドにいる3人のオフェンスプレイヤーがパスワークとドリブルペネトレイト(2人のディフェンダーの間をドリブルで割ろうとすること)によって、ディフェンダーを惑わせるようにして、攻撃します。
突然話は変わりますが、今から二十年近く前、3ポイントラインが登場しました。このことが、多くの指導者を惑わせたことは確かです。また、今年から30秒ルールから24秒ルールに変更されました。このことで、ますます指導者はゾーンアタックに悩まされることでしょう。相手を崩す時間的な余裕がなくなってしまうのです。
私が高校生だった頃、相手がゾーンであっても、徹底的に相手を崩し、よくゴール下でシュートをしたものです。たとえゴール下でシュートができなくとも最後はミドルでのジャンプシュートがほとんどでした。つまり、ゴールに少しでも近いほどシュート率が高いと思いこんでいたわけです。ところが、3ポイントラインの登場で、多くのゾーンアタックが、相手を崩しながらも最後は3ポイントシュートとなるケースが多くなりました。3ポイントラインがシューターにある基準を与え、そこからのシュート練習が増えたため、かえって中途半端な位置からのミドルシュートよりも、3ポイントの方が確率が高くなったのです。たとえ少しぐらい確率が低くても、同じシュートで3点とれるのですから、手っ取り早い方法であることには違いありません。
しかし、このことが選手の能力育成にマイナスの要因になっていると考えているのは私だけではないと思います。最近、大学のトップクラスの選手が、試合後「今日はシュートがよく入ったから勝てたよ。」「よくシュートが入ったなぁ。かなわないよぉ」などと会話しているのを耳にしました。2人はたぶん高校時代からの知り合いだったのでしょう。どこかにお互いを牽制しているような感じもありますが、まるで誰か他の人がバスケットボールをしていたかのような会話です。
3ポイントシュートが登場してからというもの、多かれ少なかれ、シュート(とりわけ3ポイントシュート)の成功率にゲームの勝敗を委ねてしまうような風潮があるように思います。シュートさえ入れば、あとはどうでもよいのです。私は、このような風潮は嫌いです。ゲームの勝敗を分ける要因は、シュートの成功率ばかりではありません。シュートは、その日の調子によってずいぶん影響されてしまいます。そんな偶然に勝敗を委ねるつもりはありません。まず、必然的に「勝ち」を得る手段を徹底的に講じた上で、そうした偶然に助けられたり、見放されたりしたいのです。
このような考えから、このゾーンアタックについては、どうしても譲れない1つのこだわりを持っています。それは、徹底的にゴールの裏を意識することです。私の高校時代のチームはゾーンディフェンスをしていました。私はその中心でした。当時、対抗のOBチームが私の耳元をかするようにして、とてつもなく強く速いパスをゴールの裏側に走り込む仲間に投げていました。時にボールは誰に触れられることもなく、体育館の壁に突き刺さっていましたが、このゴールの裏側にパスを通されることのショックは、今も私の体の中に残っています。当時、そのパスを出していたOBは、「おまえたちが俺のパスに反応して、たとえボールに触れることができたって、どうせとれっこない。俺たちのスローインさ。」と言っていたのを思い出します。それほどに、強く鋭いパスでした。
どこで誰に教えてもらったのか、それともどこかの本で読んだのか、今すぐに辿ることはできませんが、いずれにしても、この高校時代の経験とつたない知識から、いつのころからか「ゾーンを攻めるときは、まずゴール裏だ」と思うようになりました。社会人になってプレイヤーとして、ゾーンの相手を攻撃する機会が多くなりましたが、たいてい味方のセンターやジャンプ力のあるフォワードにボールをぶち込むことを、まず心がけました。それは、ときにアーリーウープ気味のパスであったり、ノーモーションのパスであったり、ドリブルペネトレイトからのバウンスパスであったりしました。ガードでしたが、時には相手のビッグマンの前に陣取り、ボールをもらうと振り返りざまにビハインドで、そのビッグマンの後ろに走り込んでくる味方にバウンスパスを出すこともありました。たいていの場合、相手はあわてて反応するので、ファウルをもらうことができます。
この前のオーストラリアでのオリンピックでアメリカのドリームチームが危うく負けそうになりました。これは、相手チームがゾーンであったこと、そして、NBA選手がこのゾーンアタックに慣れていなかったことなどが原因としてあげられています。それでもアメリカチームはゴール下にこだわり続けました。それが彼らのスタイルであり、それがアメリカの強さです。ロサンゼルスで経験したピックアップゲームでもそれは変わりません。とにかく強さをアピールするためには、ゴール下での力強いプレイは欠かせないのです。しかし、だからと言って、ゴール下でボールを持って、日本人選手のように体中に力が入ってガチガチになることはありません。相手がファールしてくるようなら当然シュートに持っていきますが、自分の目の前にいるディフェンダーの後ろに控えているビッグマンが、ハエたたきのようなブロックショットを狙っている時は、そのビッグマンの後ろにするどいパスを通します。そのパスの速さは、あの高校時代に経験した投げやりとも思えるOBチームの鋭いパスに匹敵します。ある時、背の高い選手がゴール下でボールを持ったので、私はすっかりその選手がシュートするものとばかり思って、オフェンスリバウンドに駆け込みました。するとその選手は、突然、私の土手っ腹に向かってパスを出すのです。手のひらが反応することができないぐらいの鋭さです。ボールは私の鳩尾に食い込んで、呼吸すらできないほどです。渡米して間もなくは、このパスをきちんとキャッチすることができずに、ずいぶん苦労しました。
私は今、コーチとして選手たちに「相手がゾーンの時はまず、ゴールの裏側を意識しろ!」と指導します。すると今度はパスばかり狙います。なかなかうまくいきませんが、少なくとも誰もがゴール下を見ることになりますし、そのことが「相手のディフェンスを読むこと」へと、いずれはつながると思います。いつの日か、必ずゴール裏へ針の穴を通すようなパスがビシバシ通って、そこから一気にファールをもらいながらのダンクシュートで3ポイントプレイが実現することでしょう。バスケットボールのプレイの中で、これほど相手にダメージを与えることができる確実なプレイが他にあるでしょうか?