大学教育改善のためのFD
茨城大学教育学部
加藤敏弘
「FD」という言葉は、最近でこそ大学内で耳にすることが多くなってきましたが、今から9年前は多くの大学人にとって耳慣れない言葉のひとつでした。当時、私は茨城大学へ赴任して2年目で、わけもわからず組合の執行委員となり、学研シンポなるところで「大学設置基準改訂と茨城大学の将来」について何か話をして欲しいとの依頼を受けました。本文にもあるように、以前の大学で教養教育を担当し、全国大学体育連合「大学体育改革委員会」のメンバーとして大学審議会に向けての意見書作りにかかわった経験から、お引きうけすることにしました。
組合という立場がどういうものなのかも十分理解せぬまま、本当に茨城大学の将来を考えるのなら外部に対して説得力を備えるために、「FD」にとにかく早く着手しなければならない旨を発表しました。今思えば、かなり場違いな発表だったようです。発表後の質疑応答で、「文部省はこんなことを推進しようとしているのか。けしからん!!」旨の発言をいただき、暗に私が盲目的に新しいカタカナ用語にかぶれていると批判されたような気がして、ちょっと拍子抜けした記憶があります。
それ以来、この「FD」という言葉を公の場で語ることは控えてきましたが、実際には、このFDの一環としてその後の学内のあらゆる仕事をしてきたつもりです。ここ茨城大学でもFD研修会が毎年開催されるようになり、9年前、私の発表に批判的だった先生方が一生懸命若手教官にその参加を促している姿に、なんとも奇妙な感じを受けました。
昨年度、再び執行委員の順番が回ってきた際、人文学部の石垣先生とご一緒する機会を得ました。組合の仕事もさることながら、私がバスケットボール部の指導の一環として学生と一緒に作っている「チャレンジャー」という小冊子をごらんになって、是非、人文学部教官で作っている「FD研究会」に参加して欲しいとのお誘いを受けました。「FD」という響きにちょっとした思いを馳せながら、何度か会合に参加させていただきました。何しろ学部が違うとなかなか普段お会いすることはありません。私自身メンバーの方々のことを十分に理解しておりませんが、それよりも何よりも教育学部というところに所属している私のことは、人文学部の先生方からすれば、きっと宇宙人のように映っているに違いありません。そこで、せっかく「FD研究会」に参加させていただいているのですから、少しは私のことをメンバーの方に理解していただこうと、9年前の発表原稿をここに掲載する次第です。
何しろ9年前の発表ですから、今とは状況がずいぶん異なっています。しかし、もう一度原点に戻って捉えてみるのもよいかもしれません。折りしも「大学評価・学位授与機構」なるところが「平成12年度に着手する大学評価の内容・方法等について」を発表し、本学でも先日「大学評価」講演会(平成12年11月20日)が開催されたところです。こうした動きが「大学教育改善」のために、本当に機能するように願うばかりですが、このことについて若干不安な思いが沸き起こっております。それにつきましては、別途、ご紹介したいと思います。(平成12年11月21日執筆)
組合シンポ発表原稿(1991.11.13)
1 はじめに
「大学設置基準改訂と茨城大学の将来」という大きなテーマがございますが、とても私の手に負える課題ではございませんので、「大学教育改善のためのFD」と題してお話しを進めたいと存じます。お手元の発表要旨と資料1・2をご参照下さい。
(1)発表者の立場
まず、始めに発表者が置かれている立場について若干お話しをしたいと思います。
・本学へ来て2年目
私は、昨年4月に本学教育学部へまいりました。その前は、国立では珍しい新設の単独短大、富山県の高岡短期大学におきまして一般教育科目等「保健体育」の助手として4年間働いておりました。したがいまして、皆様に比べ教育上も研究上も乏しい経験しかございません。
・組合執行委員
また、全く組合活動とは縁のない新構想大学におりましたせいか、組合活動がどういうものであるのか全く理解せぬままに、執行委員をお引きうけすることとなってしまい、本来、準備する側でありながらこの場に祭り上げられている失礼をお許し下さい。
・全国大学体育連合「大学体育改革委員会」委員として
そんなわけで、「発表しろ」と申されましても材料が見あたらかったわけでございますが、実は縁あって全国大学体育連合という社団法人の「大学体育改革委員会」の委員として、昨年8月から本年9月まで働かされておりましたので、その約1年間の経験をもとにお話しを進めたいと存じます。
ただここで、一つご理解頂きたいことがございます。私がお話しする中心課題は大学における保健体育問題ではなく、大学保健体育問題にかかわってきた経験から「FD」というキーワードをもとに大学教育問題全般にかかわるお話しをしたいということでございます。
(2)大学教育改善賛成
また、基本的なスタンスとして私は大学教育改善には賛成であるということもつけ加えておきたいと思います。
2 全国大学体育連合「基本構想検討委員会改め大学体育改革委員会」の活動
全国大学体育連合は、国立、公立、私立を問わず平成3年3月現在全国で454の大学が加盟している社団法人であります。その目的は「大学教育における体育(保健教育を含む。以下同じ。)に関する研究調査を行い、その成果の普及活用を図るとともに、大学教育における体育に関する大学相互の連絡、協力体制を確立し、もって大学教育の発展に寄与すること」でございます。そのために様々な活動を行っておりますが、日常的な活動として主なものに「大学体育」という機関誌の発行、定期的な研修会の開催をしております。
(1)委員会の目的と実態
そうした活動とも関係しますが、昭和36年に日本学術会議が内閣総理大臣にあてた勧告文「大学制度改善について」に端を発した大学制度問題にともない、特に保健体育にとって風当たりの強かった昭和45年、本連合内に「大学保健体育基本構想」を策定するための委員会が発足し、昭和48年3月に完成をみました。これは、保健体育の目的・目標とその基本理念を述べたものでございます。しかし、時代の流れとともに現状と理念があまりにもかけ離れているという指摘もあり、新たに基本構想を見直すための委員会が発足したわけでございます。したがいまして当初は「基本構想検討委員会」と称しておりましたが、その実態ははからずも今回の大学教育改革の流れを睨みながら、必死にその対応に追われるというもので、委員会の名称も途中から「大学体育改革委員会」と改められました。
(2)3部作の構成と製作過程
そのような経緯もございまして、当初は「基本構想」だけを策定する委員会ではございましたが、一つは「理念は分かるけれども、実を示せ」という批判に対抗するために、「モデル」を作成する小委員会が発足し、さらに今回の大学改革の目玉ともいえる「自己評価」に対応するために「自己評価小委員会」が発足したわけございます。
私は、過去4年間の体育実践をもとにモデル原案小委員会の委員として作業をしてまいりましたが、実際、短期間にこうした社会の流れに対応しつつ作業を進めることは、なみ大抵のことではなく、東京のホテルに委員が宿泊して徹夜で作業を行ったり、ファックスでのやりとりの応酬というのが実態であります。
・大学保健体育基本構想(基本構想検討小委員会)
・大学保健体育のカリキュラム及び授業のモデル
(モデル原案小委員会)
・大学保健体育の自己評価(自己評価小委員会)
(3)意見書(大学体育問題対策小委員会)と3部作(中間報告)の効果
さて、そのような作業を進めながらも昨年7月30日に「大学教育部会における審議の概要(その2)」が公表され、その内容に対する意見をまとめるために、「大学体育問題対策小委員会」が急きょ発足し、大学審議会のヒアリングに日本体育学会と協同して対応したのをはじめ、審議会に意見書を提出いたしました。同時に3つの各小委員会の成果を(中間報告)という形で資料として大学審議会へ提出いたしました。
その結果、本年2月8日に公表されました最終答申は、審議の概要(その2)とほとんど変更点がなかったように受け止められておりますが、資料1にありますように私どもの働きかけが、多少なりとも実を結んだと考えております。
(4)大学審議会委員の3部作に対する評価が意味するもの
実際、ある大学審議会委員が、「よく短期間にこれだけのものをまとめられた。今後は、この3部作がどのように実践されていくのか楽しみである。」と発言したとの話しを聞き、現在は各大学ごとに努力するしかないという認識に立っております。
但し、そこで注意しておくことは、大学審議会と文部省の関係であります。つい最近新聞にも掲載されましたが、大学を新設する場合2段階から3段階に手続きが移行したということであります。これは、従来文部省の役人が行っていた下準備を学識経験者によって審査しようというものであります。つまり、その第1次審査の一つの基準は、この大学審議会の答申に基づいたものになるであろうということであります。その意味で「設置基準」そのものよりも、この答申がある意味で非常に重要な役割を果たすものであることを認識する必要があると考えます。
(5)3部作立案の基本的な考え方
さて、このように多少なりとも実を結んだ通称「3部作」は、その制作過程の実体とはうらはらに、実はひとつの基本的な考え方のもとに構成されております。つまり、
PLAN → DO → SEE
↑ ↓
←FEEDBACK←
というものです。「基本構想」が計画であり「モデル」が実行であり、「自己評価」が評価に対応しております。しかも、特にモデルではモデルそのものがこのそれぞれの段階をふまえております。
すると「フィードバック」に対応する部分が抜けていると指摘されるかと思われますが、実はこの部分が今回話題提供の中心「FD」と深く関わってまいります。
3 大学審議会の答申を受けての大学設置基準の改訂
その中心課題「FD」に入る前に、先ほど少しその役割の重要性について触れましたが大学審議会の答申をもう一度見直しておきたいと思います。資料1をご覧ください。最終答申は、前半部分と後半部分に分かれており理念的なものについては前半部分に述べられております。そこで注目して頂きたいのは、「大学教育改善のための」という規定詞であります。つまり、あくまで今回の大学改革は大学「教育」改革であるということであります。
(1)「方向」が意味するもの
したがって、われわれはまずこの「大学教育改善のための方向」を十分吟味する必要があり、その「方策」として「設置基準の大綱化と大学評価のシステム」があるということです。
(2)「方策」としての設置基準の大綱化と大学評価のシステム
そのことを理解するだけで、随分今回の大学改革が見えてきますし、逆に我々が今共通に認識しなければならないことは、「設置基準」よりも「答申のこの部分」ではないかということです。
4 説得力を持つための「FD」
(1)FDとは何か
じつは、この部分にFD(ファカルティ・ディベロップメント)という言葉が掲載されておりますが、私は当初いったい何のことなのかまったくイメージできませんでした。資料2をご覧下さい。これは、武庫川女子大学の新堀道也氏が発表されたものから引用させて頂いたものです。ここにかなり明確にFDの全体像が述べられておりますので、ご紹介いたします。
(1)研究能力開発(professional development of faculty)
(2)教育能力開発(instructional development)
・個人的段階
・集団的段階
・制度的段階(staff development)
(3)カリキュラム開発(curriculum development)
(4)組織開発(organizational development)
・大学評価(institutional research)
・外部評価(external examination)
(2)どこから始めるかの問題
この中でも今回特に重要なのは、IDであることは申すまでもありません。しかし、「FD」とは組織開発に対応した評価システムを含めたものなのであり、先ほど述べました「PLAN−DO−SEE」にフィードバック機能を付加させたトータルとしてのFD機関が今後どのような形で本学に根付いていくかが非常に重要なポイントであると認識しております。ですからPDもIDもCDもそしてODもすべてがバランスよく機能して初めて、大学評価システムが成り立つわけで、大学評価システムだけが一人歩きをしても「改革」は継続しないのではないかと考えます。
しかし、だからといって手続き論で終始していては、始まりません。「PLAN−DO−SEE−FB」のどこから始めようとも、全体の構想さえしっかりと認識していれば「不断の努力」によって、必ず大学教育が改善されることと思います。
5 おわりに
「誰のための改革か?」
最後になりますが、今回の改革が「教育改革」であるということは、当然「教育」とは何かということが問題となります。私は少なくとも「人と人との関わり」がなければ「教育」は成り立たないのではないかと考えております。つまり、作用する側と作用される側であります。
現在、この改革問題を論じるにあたってどうしても作用する側つまり「いかに教授するか?」が中心に考えられておりますが、私はあえて「文字どおり生きることを学びにきた『学生』がいったい何をどのように学習していくのか?」「そのためにはどうしたらよいのか?」という視点でこの大学教育改革を捉えたいと考えております。
以上で発表を終わります。