11月分に戻る 表紙に戻る

 

近況報告<手紙より抜粋>(11/2/1996土)


 UCLAのバスケットボールチームは一昨年全米No.1だったのですが,昨年トーナメントの1回戦で破れてしまい,今年はコーチにも選手にもかなりプレッシャーがかかっています。また,3人のアシスタントコーチのうち2人が今シーズンからの人なので,スタッフのコミュニケーションをとるのも大変そうです。その上,10月15日の本格的な練習が開始される直前にリクルートの件でマスコミにヘッドコーチが叩かれたりして,ちょっとまずい雰囲気が漂っていました。先週のはじめにNCAAの調査委員会が「何の問題もない」という報告をまとめたので,一件落着し、やっとチームにちょっと明るい雰囲気がでてきましたが,その間は僕もだいぶ神経を使いました。今は,コーチも選手も練習に集中し真剣勝負といった感じです。

 こちらの練習は,組織的で創造的でエキサイティングです。午後3時から5時30分までの2時間30分,みっちりやります。休憩は1分以内のものが2・3回あるだけで,オフェンスとディフェンスのドリルが入り交じって次々と展開されます。茨城大学では1回の練習の中でオフェンスなりディフェンスなりのドリルをある程度まとめて段階的に行っていましたが,ここでは,オフェンスもディフェンスもルーズボールも順序はあまり関係なく,次から次へと展開され,それぞれが日をおって段階的に変化していきます。つまり,ボールハンドリングからオフェンスの展開からゾーンディフェンスまですべてのことが2時間30分の中に織り込まれているのです。それぞれのドリルやコーチが要求していることは,日本でもおなじみのことです。僕は,今まで自分がやってきたり要求してきたりしたことが,そんなに間違っていなかったんだということを再確認できてうれしく思っています。ただ,やはりその徹底の仕方が違います。コーチも選手もプロ意識が強く,とにかく仕事の感覚です。日本の学生のように大学に入ってしまえばそれで終わり,という感じはありません。

 もう一つ徹底的に違うことがあります。僕は練習が終わった後一般の学生や教職員と一緒に別の体育館でピックアップゲームを週に2・3回やっています。そこで強く感じることですが,とにかくみんな負けることを極端に嫌います。子供が小学校へ通っています。そこの体育の授業でもすぐに勝負をめぐって喧嘩になりますが,先生はただ見ているだけです。とにかく「負けたくない」という気持ちがどんなにへたくそな人にもあって,それがすごく強いのです。そのかわりもろい部分もあります。つまり,ちょっとおもしろくないとすぐにどこかへ行ってしまったり,なげてしまうのです。それでもみんなほったらかしで,「みんなでゲームを楽しもう」というような感覚は一切ありません。とにかく自分が勝って自分が気持ちよければそれでいいのです。

 それは,バスケットボールチームの選手たちも基本的には同様で,スクリメージになると同じチームとは思えないぐらいすぐに喧嘩をします。さすがにほっておくと収集がつかなくなるので,コーチの出番が出てきます。フォーメーションやら基本的な動きの約束は,たしかにバランスよくうまくディフェンスを交わすためにあるのでしょうが,こちらの場合,それがないと選手がどんどん勝手にやってしまうので収集がつかなくなってしまうのです。コーチの仕事は,野生の馬を調教するのに似ています。日本の選手たちには,その野生味が足りないような気がしますが,それは小さいときからの学校教育の影響だろうと思います。また,日本はアメリカのように貧富の差があまりなく,みんなが中級の暮らしができるからハングリー精神がどこかへ行ってしまったのかもしれません。

 技術や戦術については,日本もアメリカもそんなに違わない(というより,日本の方がきめ細かく発達している)ように思いますが,勝負魂が決定的に違うのでなかなか追いつけないのだと思います。ただ,日本の良さも強く感じます。粘り強さとか,従順さ,器用さ,和を大切にする心などをうまく利用して,相手の闘志をかわしてしまうとよいかもしれません。日本の女子はそんなところが成功してオリンピックで勝ちあがったのかもしれませんが,やはり,最後のツメは勝負魂であることに違いないと思います。

 練習は完全に公開されていて,いつも20人以上の人が観客席で練習を見学にきています。時々中学生や高校生がたくさん見に来てそういう時は100人を越えます。もちろん,メディア(レポーター)も常時5人ぐらい来ていて,パソコン通信でレポートを送っています。ただ,僕のような立場で見に来ている人は他にはいません。

 僕は特にコーチから許可をもらったわけではないのですが,最初から最後までコーチや選手と同じようにコートサイドを動き回って,練習の一部始終をみて克明にメモをとっています。だから,観客席の人からは,「いったいあいつは何者か?」というような感じで見られていますが,今ではコーチも選手もマネージャーもそれが当たり前になってしまったようで,練習の合間にも時々話しかけられます。もちろん,十分な会話は無理ですが,何となく雰囲気で意味が通じています。もう少し英会話ができるようになったら,練習の前後にもバスケットボール・オフィスへ出かけていろいろと尋ねようと思います。今のところは邪魔しかできないので控えていますが。

 何かをやろうとしても,勝手がわからないのと言葉の問題があってとにかく時間がかかります。そんなこんなで今のところあまり手を広げないようにしています。こうして日々の生活を送っているだけでもいろいろと考えさせられることがたくさんあって十分勉強になっていますが,これから少しずつ資料集めなどにも取りかかろうと思います。