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歴史的大事件の幕開け(11/5/1996火)


 午前中は,手紙を書いたり,ジム・ハリックコーチの本の翻訳にとりかかることができた。午後はいつもより早めに出て,バスケットボール・オフィスへ行き,Dさんにゲームのチケットのことで相談にのっていただいた。12月7日に行われるカンサス大との試合は,当日のチケットが売り切れてしまっていたので,日本からの友人の分2枚の手配をお願いしたのである。ちょっと厳しい表情であったが,調整してみるとのことであった。その後,いつもの時間になってポーリー・パビリオンへ出かけ,練習を見学した。3時からだが,今日はジム・ハリックコーチが1分遅れてコート場に姿を現し,本格的な練習は3時5分から始まった。最初にゴール下からのスローイン・プレイの説明があり,3時10分にはいつものようにガードとフォワード・センターに分かれてのシューティングが始まった。するといつのまにかジム・ハリックコーチの姿が見えない。3時19分になるとSコーチの指示でディフェンスの練習に移ったが,ジム・ハリックコーチの姿がないので,なんとなく選手も気が抜けているようであった。3時39分にジム・ハリックコーチの姿が西口からロッカールーム戻っていくのが見えた。3時41分にはジム・ハリックコーチがコート場へ戻ってきたが,その時続いていた練習が46分に終わると,すぐにクイック・ドリンクになり,その後すぐにチーム分けをして5対5になった。スタメンが最初にディフェンスをやり,シュートを決めたら,一度止めてやり直すというものだが,最初なぜかジム・ハリックコーチの笛が鳴らずにプレイが続きそうになった。ジム・ハリックコーチは「私が悪かった」と言っていたが,ちょっと珍しい感じがした。5対5は20分ほどで終わり,その後フリースローが10分ほど続いた。いつもと練習の流れがずいぶん違うなぁと思っていたら,コートの中央に集合して,練習が終わってしまった。

 A君が,僕が昨日来ていなかったので,「練習の日程が変更になったことを知らなかったのか?」と尋ねてきた。何と昨日は練習をいつものように行ったというのである。ちょっとショックであった。それで今日の練習は軽くやっているのか?と思った。

 何となくすぐに帰る気にもならず,しばらく体育館の端に腰掛け,様子を見ていた。JコーチはいつものようにCD選手のシューティングを手伝っていた。Mコーチもいつものように自分でシューティングをしながら選手たちに声をかけていた。ジム・ハリックコーチは早々に着替えてロッカールームの近くで誰かを待っている様子であったので,僕はジム・ハリックコーチに「昨日は休みだと思って失礼してしまった。」と伝えた。そして,「アウェイの試合を見たいのだが,見ることはできるか?」と尋ねるとジム・ハリックコーチは驚いた様子。「アウェイの試合も見たいのか?」と聞かれたので「一回か二回は見たいのだが」と話すと,「後で相談しよう」とのことであった。僕は再び腰掛けてしばらく様子を見ていた。Sコーチとジム・ハリックコーチが一緒にオフィスへ向かって行き,Mコーチがロッカーへ消え,選手たちも次々といなくなった。Jコーチはしばらく誰かと話していたが,その後なんとダンクシュートを残りの選手たちに披露していた。

 全員がフロアーからいなくなったので,僕も引き上げることにした。それでもいつもより早く,5時を回ったところだったので,バスケットボールの雑誌を4冊購入した。いずれも大学のバスケットの特集をした雑誌だが,なんと4冊とも表紙はいつも見慣れているUCLAの選手たちであった。本当に彼らは有名人なのである。

 家に帰り,大神先生はアウェイの試合について行ったのかどうか尋ねてみようと電話をしてみたが,あいにく留守であったが,しばらくすると先方から電話をいただいた。ジム・ハリックコーチの問題は日本にも伝わっていたようで,「僕は一件落着しました。」と伝え,いろいろと情報交換をさせていただいた。いつものように食事をし,テレビをつけると投票結果のニュースばかりであった。今日は選挙があったのである。こちらの選挙の仕組みがよくわからないのだが,ドールさんとクリントンさんの演説が生中継されていた。あまり意味がわからないのだが,子供たちの寝かしつけたあともずっとニュースを見ていると,僕は眠たくなってきて少しうたた寝をしていた。

 すると突然,妻が「UCLAのバスケットのことを何か言っているよ」と言う。コマーシャルが入り,ニュースキャスターが速報の形で何かをしゃべっていた。テロップも入らないのである。僕には「UCLAバスケットボール」「ジム・ハリック」「パック10」ぐらいしか聞き取れなかったが,どう考えてもこれは良い話ではない感じである。11時からのニュースで詳しくやるというので,しばらくあっちこっちのチャンネルを回すが,選挙のニュースばかり。11時40分ぐらいにほかのチャンネルで「ジム・ハリック」「アウト」というキャスターの声が入った。さらにさきほどのチャンネルで12時近くになって「UCLAからビッグ・ニュース」で「今日の練習後,ジム・ハリックコーチはクビになって,代わりにアシスタント・コーチのSコーチがヘッドコーチをつとめることになった。詳細は明日の朝10時に記者会見がある。」ということであった。

 とにかく例の事件でマスコミに騒がれ,「何の問題もない」という結論が出てチームにもコーチ陣たちにも明るい雰囲気が漂い,ぼくもやっと少しずつ話ができるようになってきた矢先のことである。とにかく現実を受け止めなければならないのだが,どうも頭の中が混乱してしまう。妻が「どうしてここまできて人間関係のことで悩まされるんだろうね」と言うが,僕はどうやらそういう星の下に生まれてきたとしか思えない。まあ,日本人のコーチの中でこういう経験をするのは,僕ぐらいしかいないだろうと思うが,とにかく明日からまたしばらく憂鬱な時が続くだろう。

 頭の中を整理するために誰かと話がしたくて,とりあえず先ほどお話した大神先生にお電話をするがつかまらず,困ったときの武井先生頼みということで,武井先生にお電話で状況を説明し,だいぶ頭の中を整理することができた。インビテーションレターをもらった人が首になったので,日本の方でも何か手続きが必要かと思ったが,文部省の方は問題ないだろうとのこと。それよりも,UCLAと僕の関係をはっきりさせる必要があるだろうということであった。最悪の場合,観客席から一般の人と同様に見ることになるかもしれないが,こういう事件で選手たちがどのように対応していくのかを観察するのも勉強だと指摘していただいた。

 大神先生にはどうしても伝えておく必要があるので,ご自宅に連絡し,お嬢さんに「ジム・ハリックコーチがコーチを辞めて,替わりに今までアシスタントコーチだった人がヘッドコーチになる」というニュースがあったことを伝言していただくようにお願いした。

 本当に次から次へとやっかいなことが起こる。畜生!